立ち退きを求められたら|言われたその日から、確認する順番を決めておく
公開: 2026年8月26日
Summary
大家から建て替えや退去の話が出たときの動き方を整理します。その場で返事をしない、言葉をそのまま書き留める、書面をお願いする、契約書の5点を書き写す、専門家に相談する、という順番と、費用の見積もり・お客様に伝える時期・前受け金の整理までを扱います。
大家さんがふらりと店に来られて、「建て替えを考えているんだ」と言われました。世間話のような口ぶりで、深刻な様子でもありません。こちらも「そうですか」としか答えられませんでした。帰られたあとになって、いつまでの話なのかを何も聞いていないことに気づきました。
立ち退きの話は、たいていこの形で始まります。書面ではなく口頭で、しかも唐突に。改まった場が設けられることは、むしろ少ないくらいです。
そして、この日に決まるのは、出ていくかどうかではありません。その日から何を、どの順番で確認するか。それだけです。順番さえ決めておけば、慌てて不利な返事をしてしまうことも、聞くべきことを聞き逃すこともありません。
その場で、返事をしない
まず、これだけは守ってください。
「分かりました」と言わないでください。相づちのつもりでも、あとから了承したと受け取られることがあります。悪意があるわけではなく、言った側の記憶もまた都合よく整理されていくものです。
言うのは「持ち帰って考えます」で足ります。理由を説明する必要もありません。
そして、条件の話が出ても、その場で数字に触れないでください。「それくらいでは足りません」と言ってしまえば、金額を検討したという事実が残ります。その一言が、次の話の前提になります。
その日のうちに、書き留める
記憶は変わります。それも、自分に都合のよい方向へ静かに変わっていきます。帰られた直後に書いてください。
書くのは、日付、時刻、来られた方、そして言われた言葉です。言葉は、要約せずそのまま書いてください。「建て替えを考えている」と「建て替えることになった」では、意味がまるで違います。
そして、こちらが何と答えたかも書いてください。あとから「あのとき了承した」と言われた場合に、これが手元にある唯一の記録になります。
なお、録音するかどうかは慎重に判断してください。関係が続く相手です。まずは書面での連絡をお願いする形が自然です。
書面でお願いする
口頭のままにしないでください。
「正式なお話として、書面でいただけますか」と伝えてください。角が立つように感じるかもしれませんが、双方にとってごく普通のことです。むしろ、こちらが真剣に受け止めていることが伝わります。
書面が出てくると、時期と理由がはっきりします。曖昧なまま話だけが進んでいく、という状態がなくなります。
そして、書面が出てこない場合は、まだ検討の段階だと考えてください。世間話として口にしただけ、ということも実際にあります。動き出すのは、それからでも間に合います。
契約書を出す
次にやるのは、これです。ここで話の前提が決まります。
見るのは、契約の種類、期間の満了日、更新の条項、解約の予告期間、そして原状回復と造作の扱いです。
契約の形によって、期間が満了したときの扱いが変わります。自分の契約がどれに当たるかは、契約書の記載で確認してください。分からなければ、その部分を持って専門家に聞いてください。全部を読み込む必要はありません。
契約書の読み方と、大家とのやり取りの作法は大家との修繕の食い違いでも扱っています。連絡の順番と、文章で残すという考え方は同じです。
「自分で判断しない」と決めておく
ここが、もっとも大事なところかもしれません。
立ち退きに応じる義務があるかどうか、示された条件が妥当かどうかは、契約の内容と個別の事情によって変わります。この記事では判断できませんし、ご自身で決めきらないでください。
早い段階で専門家に相談してください。話がある程度まとまってから相談すると、そのときにはもう動かせる余地が減っています。「言ってしまった」ことは、なかなか取り消せません。
費用が心配であれば、自治体や各種団体の相談窓口を調べてください。名称も対象も地域によって違いますので、まず市区町村の窓口に聞くのがいちばん早い方法です。
そして、相談したという事実も記録に残してください。いつ、どこに相談したか。あとから経緯を追えるようにしておきます。
期限を、数字にする
時期が分かったら、逆算してください。
出すのは3つです。
- いつまでに退去する話なのか
- 次の物件を探して工事を終えるのに何か月かかるのか
- その差はいくつか
差が足りない場合、それ自体が交渉の材料になります。感覚で「厳しいです」と言うより、月数で示すほうがはるかに伝わります。相手にとっても、確かめられる形になっているほうが検討しやすくなります。
そして、自分の繁忙期を重ねてください。移転の作業と繁忙期が重なると、両方が崩れます。準備の手が足りなくなるうえに、その年のいちばん稼げる時期を落とすことになります。
同じ建物の他の店にも聞く
一棟の建て替えであれば、話が来ているのは自分だけではありません。
隣や上下の階に、同じ話が来ているかを聞いてみてください。時期や条件の伝え方が違っていることがあります。
情報を持ち寄ると、全体の計画が見えてきます。いつまでに建物全部を空ける予定なのかが分かれば、こちらの見通しも立ちます。示された期限が全体の計画から来ているのか、こちらにだけ早く言われているのかも判断できます。
ただし、足並みをそろえて交渉する形にするかどうかは、慎重に判断してください。契約も事情も店ごとに違います。情報を共有するところまで、と決めておくのが無理のない形です。
収入が途切れる期間を、どうするか
移転には、必ず営業できない期間が生まれます。ここを空白のまま計画しないでください。
期間中だけ面貸しやシェアサロンで働く、という方法があります。設備を借りる形であれば、お客様との関係を切らさずに済みます。
この場合、営業の届出や名義の扱いが関わります。業種と地域で違いますので、所轄の保健所に確認してください。
そして、期間中も連絡が取れる形を残してください。電話番号を変えない、案内の出し先を1つ決めておく。これだけで、再開したときに戻ってきていただける割合が変わります。数か月連絡が取れない状態が続くと、その間に別の店を見つけられます。
なお、この期間を短くする段取りは、移転の実務としてまとめられています。休業を最短にする考え方は移転の記事を参照してください。
費用を、先に見積もる
条件の良し悪しは、数字がないと判断できません。
並べるのは次のものです。
- 原状回復の費用
- 引っ越しと設備の移設
- 新しい物件の初期費用
- 工事の期間中に売上が止まるぶん
- 案内や印刷物の作り直し
このなかで、売上が止まるぶんを忘れないでください。ここがいちばん大きくなることがあります。目に見えて出ていくお金ではないため、つい抜け落ちます。
数字が出れば、示された条件が足りているかどうかが分かります。出ていないうちは、同じ提示が良い話にも悪い話にも見えてしまいます。
移転するか、この機会に閉じるか
立ち退きの話は、続けるかどうかを考える機会でもあります。
年齢、借入の残り、客数、体力。いずれも、平時にはなかなか向き合えないものです。何もなければ、来年も同じように開けているはずだったからです。
閉じるという判断も、逃げではありません。考え方はサロンを続けるか閉じるかの判断で整理しています。
そして、どちらを選ぶにしても、決めるのは費用を見積もったあとにしてください。順番が逆になると、気持ちで決めることになります。疲れているときほど、閉じるほうへ気持ちが傾きます。
お客様に、いつ伝えるか
早すぎても遅すぎても、困ることが起きます。
決まっていないうちは、伝えないでください。「なくなるらしい」という話だけが先に広がると、まだ何も決まっていないうちから離れていかれます。そして、いったん別の店に通いはじめた方は、戻ってこられません。
伝えるのは、時期と行き先が決まってからです。移転先が決まっていれば、伝えることが不安の共有ではなく、案内になります。
ただし、先の日程まで予約をお取りしている場合は別です。その日に営業しているかどうかが分からないのであれば、早めに相談してください。
告知の手順と順番はサロンの移転チェックリストで扱っています。移転が決まったあとの実務は、そちらが正本です。
前もって預かっているお金を数える
見落とされやすく、そしてこじれやすいところです。
回数券や前払いの残高を、先に数えてください。何人分、いくら残っているのか。これを把握してから、次の判断に進みます。
期限をどう扱うかも決めてください。移転先が遠くなる場合、通えなくなる方が出ます。その方が持っている残りの回数を、どうするのか。決めていないと、一人ずつその場で判断することになります。
そして、閉じる判断をする場合は、この整理が最優先になります。数え方は前受け金の管理で扱っています。
やり取りは、文章で残す
口頭の合意は、残りません。正確に言えば、双方の記憶のなかに違う形で残ります。
話したあとに、こちらから内容を書いて送ってください。「本日伺った内容は以下のとおりです」と箇条書きで並べるだけで足ります。長い文章にする必要はありません。
相手が違うと言えば、そこで食い違いが分かります。分からないまま何か月も進むより、はるかに安全です。
そして、送ったものは日付順に保管してください。相談するときに、これがそのまま資料になります。専門家に相談する際も、経緯が時系列で並んでいるかどうかで、話の早さがまるで違います。
従業員がいる場合
働いている人にとっては、通勤と生活の話になります。店の都合ではありません。
いつ伝えるかを決めてください。何も決まっていない段階で伝えると、先に辞められることがあります。一方、遅すぎると信用を失います。どちらの失敗も、あとから取り返せません。
行き先の候補が見えた段階が、1つの目安になります。通勤時間がどう変わるかを、具体的に示せるためです。「まだ分からない」と言われるのが、いちばん不安なのです。
そして、雇用の条件に関わる変更が出る場合は、必ず個別に話してください。全体への連絡で済ませないでください。
設備と造作の扱い
持っていけるものと、そうでないものがあります。
シャンプー台、空調、造作。取り外して運べるかどうかは、業者に見てもらってください。そして、運べるとしても、費用が新品を買うのに近くなることがあります。運ぶこと自体が目的にならないよう、金額を見てから決めてください。
置いていくものについては、原状回復の範囲と関係します。契約書の記載を確認してください。
そして、前の借主から造作を譲り受けている場合は、扱いが変わることがあります。譲渡の書面が残っているかを確認してください。何年も前のことで、口約束のままになっていることもあります。
時間が欲しいときの、頼み方
期限が足りない場合、延ばしてもらえるかを聞くことになります。
このとき、感覚で「厳しいです」と言わないでください。伝えるのは月数です。物件を探すのに何か月、工事に何か月、だから何月まで要る。この形にします。
理由も具体的にしてください。設備の入れ替えに時間がかかる、繁忙期と重なる。どちらも相手が確かめられる事実です。事実で組み立てられた話は、断りにくくなります。
そして、こちらから代わりの案を出してください。全部を延ばすのではなく、この部分だけ先に空ける、という形が通ることがあります。相手にも計画があります。歩み寄れる余地を示すほうが、話は前に進みます。
決まるまで、日常を止めない
最後に、これを書いておきます。
話が動いているあいだも、予約は通常どおり受けてください。先の予約を止めると、それ自体が売上を落とします。そして、まだ何も決まっていないのに店を縮めることになります。
そして、迷いは接客に出ます。相談する相手を1人作っておいてください。1人で抱えていると、鏡越しの表情が変わり、店の空気も変わります。お客様は、言葉より先にそれに気づきます。
なお、次の物件を探す条件は、開業したときとは変わっているはずです。いまの客層と、いまの自分の体力に合わせて選び直してください。物件の探し方はサロン物件の探し方で扱っています。
| 段階 | やること |
|---|---|
| 言われたその日 | 返事をしない。言葉をそのまま書き留める |
| 数日以内 | 書面をお願いする。契約書を出して条項を確認 |
| 早い段階 | 専門家に相談する。相談した記録も残す |
| 期限が分かったら | 退去までの月数と、移転に要る月数の差を出す |
| 判断の前 | 費用を全部並べる(原状回復・移設・初期費用・休業ぶん) |
| 決まってから | お客様に伝える。前受けを整理する |
今日やる一つ
契約書を探して、期間の満了日と解約の予告期間だけを紙に書き写してください。この2つが分かるだけで、次に何を聞けばよいかが決まります。契約書がどこにあるか分からないのであれば、それを探すところが今日の作業になります。
よくある質問
その場で何と答えればよいですか
「持ち帰って考えます」で足ります。相づちのつもりの「分かりました」が、了承と受け取られることがあります。条件や金額の話が出ても、その場で数字に触れないでください。検討したという事実が、次の話の前提になります。
口頭のままでも進めてよいですか
書面でいただけますかと伝えてください。書面が出ると時期と理由がはっきりします。角が立つように感じるかもしれませんが、双方にとってごく普通のことです。出てこない場合は、まだ検討の段階だと考えて差し支えありません。
契約書のどこを見ますか
契約の種類、期間の満了日、更新の条項、解約の予告期間、原状回復と造作の扱いです。全部を読み込む必要はありません。自分の契約がどの形に当たるか分からなければ、その部分を持って専門家に聞いてください。
応じる義務はありますか
契約の内容と個別の事情によって変わるため、この記事では判断できません。早い段階で専門家に相談してください。話がまとまってから相談すると、動かせる余地が減っています。費用が心配なら、市区町村の窓口で相談先を聞く方法があります。
条件が妥当かどうか、どう判断しますか
先に費用を全部並べてください。原状回復、引っ越しと設備の移設、新しい物件の初期費用、工事期間中に止まる売上、案内の作り直し。とくに止まる売上は抜けやすい項目です。数字が出ていないと、同じ提示が良い話にも悪い話にも見えます。
お客様にはいつ伝えますか
時期と行き先が決まってからです。決まらないうちに広がると、何も決まっていないうちから離れていかれます。ただし、先の日程まで予約をお取りしている場合は、早めに相談してください。
回数券が残っている方がいます
先に残高を数えてください。何人分、いくら残っているか。移転先が遠くなると通えなくなる方が出ますので、期限の扱いも決めておく必要があります。決めていないと、一人ずつその場で判断することになります。
従業員にはいつ伝えますか
行き先の候補が見えた段階が目安です。通勤時間の変化を具体的に示せるためで、「まだ分からない」と言われるのがいちばん不安を招きます。雇用の条件に関わる変更が出る場合は、全体への連絡で済ませず、個別に話してください。
この機会に閉じてもよいですか
判断として成り立ちます。ただし、費用を見積もったあとに決めてください。順番が逆になると、気持ちで決めることになります。疲れているときほど、閉じるほうへ気持ちが傾きます。
やり取りはどう残しますか
話したあとに、こちらから内容を書いて送ってください。「本日伺った内容は以下のとおりです」と並べるだけで足ります。相手が違うと言えば、その時点で食い違いが分かります。送ったものは日付順に保管してください。
同じ建物の他の店には聞いてよいですか
聞いてください。時期や条件の伝え方が違っていることがあり、全体の計画が見えます。ただし、足並みをそろえて交渉するかどうかは慎重に判断してください。契約も事情も店ごとに違います。
工事の間、収入が止まります
期間中だけ面貸しやシェアサロンで働く方法があります。届出や名義の扱いは業種と地域で違いますので、所轄の保健所に確認してください。電話番号を変えず、連絡が取れる形を残すことも大切です。数か月つながらないと、その間に別の店を見つけられます。
設備は持っていけますか
取り外して運べるかどうかを業者に見てもらってください。運べても費用が新品に近くなることがありますので、金額を見てから決めてください。前の借主から造作を譲り受けている場合は扱いが変わりますので、譲渡の書面を確認してください。
決まるまでの間、予約は止めるべきですか
止めないでください。先の予約を止めること自体が売上を落としますし、まだ何も決まっていないのに店を縮めることになります。相談できる相手を1人作って、迷いが接客に出ない状態を保ってください。



