スタッフの退職金をどうするか|国の仕組みと、決める時期
公開: 2026年8月25日
Summary
小さなサロンで従業員の退職金をどう考えるかを整理します。出す義務は原則ないこと、書けば義務になり書かなくても慣行になりうること、辞める前に方針を決める理由、国が運営する仕組みと加入時の助成、事業主本人は入れないこと、短期で辞めた場合の扱い、対象になる人までを扱います。
十年勤めてくれたスタッフが、来春で辞めることになりました。
結婚して、遠くへ移るそうです。おめでとうと言いました。本当にそう思っています。
そのあとで、ふと考えました。退職金は、出すものなのだろうか。
うちは個人でやっている小さな店です。就業規則もありません。そういうものを用意している同業の話も、聞いたことがありませんでした。
ただ、十年です。その十年に対して、何も渡さないでいいのか。考え始めると、答えが出ませんでした。
出す義務は、原則としてありません
まず、事実から書きます。
退職金は、法律で必ず出さなければならないものではありません。出すかどうかは、店が決めることです。
ですから、出さなくても違法ではありません。
ただし、例外があります。就業規則や雇用契約に「退職金を出す」と書いてある場合、それは約束になります。この場合は、書いたとおりに出す義務が生じます。
つまり、書いていなければ義務はなく、書いていれば義務があるという構造です。
そして、ここに落とし穴があります。書面に無くても、過去に辞めた人に出していた実績が続いていると、慣行として扱われることがあります。
一人目に「気持ちだけ」と渡し、二人目には何もない。これが、あとで問題になります。
決めるなら、辞める前に決める
順番の話です。
辞めると言われてから考え始めると、その人の顔が浮かびます。長く働いてくれた、助けられた、申し訳ない。
その状態で決めた金額は、次の人のときに基準になります。そして、次の人が短い期間で辞めた場合、同じようには出せません。
つまり、その場で決めると、必ず不公平が生まれます。
ですから、誰かが辞めると言う前に、方針を決めてください。出すのか、出さないのか。出すなら、どういう基準で。
方針を書面にすることについては有給休暇の管理と同じ考え方です。決めていないから揉めるのであって、決まっていれば説明できます。
国が用意している仕組みがあります
ここからが、この記事の本題です。
小さな事業者が従業員のために退職金を用意できるよう、国が運営している制度があります。
仕組みは単純です。毎月、決めた額を機構へ払い込みます。そして、その人が辞めるときに、機構から本人へ直接支払われます。
ここに、いくつか特徴があります。
- 新しく加入したとき、掛金の一部を国が一定の期間助成する形があります
- 払い込んだ掛金は、事業の経費になります
- 積み立てたお金は機構が管理するので、店の資金と混ざりません
- 退職金は機構から本人へ支払われ、事業主を通しません
三つめと四つめが、実は大きいところです。自分で積み立てておこうとすると、資金繰りが苦しい月に手を付けてしまいます。そして、渡すときに手元に無ければ、そこで約束が崩れます。
事業主本人は、入れません
まず、ここを間違えないでください。
この制度は、従業員のためのものです。事業主本人や、その家族で役員のような立場にある方は、加入できません。
つまり、自分の退職金は別に用意する必要があります。
自分のための仕組みは小規模企業共済の基本で扱っています。名前も運営も似ていますが、別の制度です。
そして、この2つは目的が違います。従業員のためのものは事業の経費になり、自分のためのものは所得から引く控除になります。帳簿での扱いも変わります。
短い期間で辞めると、出ません
正直に書いておきます。
この制度には、ごく短い期間で辞めた場合には退職金が支払われない、という決まりがあります。そして、そのとき払い込んだ掛金は戻りません。
つまり、入ってすぐ辞めた人の分は、掛け捨てになります。
サロンは人の入れ替わりがある業種です。ですから、雇ってすぐ加入するのか、一定の期間が過ぎてから加入するのかは、考えどころです。
ただし、加入の時期に条件が付いていることもありますので、そこは機構か社会保険労務士に確認してください。
途中で金額を変えられます
続けやすさの話です。
毎月の掛金は、いくつかの段階から選べます。そして、あとから変えることもできます。
増やす場合は比較的自由ですが、減らす場合には条件が付きます。ですから、始めるときは低い額から入るのが安全です。
そして、増やす場合にも助成が用意されていることがあります。上げるときに確認してください。
なお、掛金は毎月出ていく固定の支出になります。売上が落ちた月にも払います。ここは資金繰りに織り込んでおいてください。
誰を対象にするか
決め方の話です。
原則として、雇っている人は全員が対象になります。一部の人だけを選ぶ、という形は基本的にできません。
つまり、「長く続きそうな人だけ」という運用はできないということです。
ただし、試用の期間中の方や、ごく短い期間の契約の方など、対象から外せる場合があります。ここは制度の決まりに沿う必要がありますので、確認してください。
そして、パートで働いている方について、掛金を低い額に設定できる形が用意されていることがあります。全員を同じ額にする必要はありません。
制度を使わずに出す場合
別の道もあります。
自分で積み立てておいて、辞めるときに渡す。この形も、もちろん可能です。
ただ、二つ気をつけてください。
一つは、資金の管理です。事業の口座に置いたままにすると、必ず使ってしまいます。別に分けておく必要があります。
もう一つは、税の扱いです。渡した時点で経費になりますが、積み立てている間は経費になりません。つまり、利益が出ている年に備えを進められません。
ですから、毎月の掛金が経費になるという点は、制度を使う側の利点として大きいのです。
業務委託の人は、対象になりません
サロンでは、ここを確かめてください。
面貸しの形で席を貸している方、業務委託の契約で入ってもらっている方。こうした関係は雇用ではありませんので、この制度の対象にはなりません。
つまり、店に長く関わってくれていても、雇用でなければ加入させられないということです。
ここで「長くいてもらいたいから雇用に変えよう」と考えないでください。雇用に切り替えれば、社会保険も労働時間の管理も一式ついてきます。退職金の仕組みは、その先の話です。
なお、業務委託の方に長く続けてもらうために何かを用意したいなら、契約の中で別の形を考えることになります。ここは判断を含みますので、社会保険労務士に相談してください。
辞め方によって、変えられるか
聞かれることなので書いておきます。
自分で積み立てて渡す形の場合、どういう辞め方をした人にいくら渡すかは、決めた基準に沿って判断します。ですから、基準に減額の定めを置いておくことはできます。
一方、国の制度を使っている場合は、機構から本人へ直接支払われます。事業主の判断で止めたり減らしたりする形にはなっていません。
つまり、関係がこじれた辞め方をしても、支払われるということです。
これを不都合と見るか、揉めずに済むと見るか。ここは考え方が分かれるところですが、少なくとも「辞めるときに揉めて、退職金の話でさらに揉める」という事態は避けられます。
辞めるときの実務
最後に、渡すときの話です。
制度を使っている場合、手続きは機構との間で行います。事業主は、辞めたことを届け出る形です。
一方、自分で渡す場合は、金額と時期を決めて、記録に残してください。口頭で渡して終わりにしないでください。
そして、渡す金額には税の扱いがあります。給与とは違う扱いになりますので、計算のしかたを税理士に確認してください。
辞めるときの引き継ぎ全般はスタッフが辞めるときの引き継ぎで扱っています。
出すと決めるかどうか
判断の材料を書きます。
出すことには、費用がかかります。毎月の掛金は、確実に出ていきます。
一方で、長く働いてもらうことには意味があります。人が入れ替わるたびに、教える時間と、お客様との関係を作り直す時間がかかるためです。
この費用と、続けてもらうことの価値を並べて考えてください。
そして、募集のときに書けることも一つ増えます。小さな店で退職金の仕組みがある、というのは、そう多くありません。
採用と待遇の考え方は初めてスタッフを雇うときの手続きと、伝え方はスタッフの評価と昇給とあわせて見てください。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 義務 | 原則として無い。ただし書面に書けば義務になる |
| 落とし穴 | 書面に無くても、続けて出していると慣行として扱われることがある |
| 決める時期 | 誰かが辞めると言う前。その場で決めると必ず不公平が生まれる |
| 国の仕組み | 毎月払い込み、辞めるとき機構から本人へ直接支払われる |
| 特典 | 新しく加入したとき、掛金の一部を国が一定期間助成する形がある |
| 税 | 掛金は事業の経費になる(自分で積み立てる場合は渡すまで経費にならない) |
| 事業主 | 本人は加入できない。自分の退職金は別の制度で |
| 注意 | ごく短い期間で辞めると支払われず、掛金も戻らない |
| 対象 | 原則として全員。パートの方は低い額に設定できる形がある |
今日やる一つ
いま働いてもらっている人の勤続年数を、書き出してください。そして、いちばん長い人があと何年いてくれそうかを考えてください。方針を決めるのは、その人が辞めると言う前です。
よくある質問
退職金は出さないといけませんか
法律で必ず出さなければならないものではありません。ただし、就業規則や雇用契約に「出す」と書いてある場合は約束になり、書いたとおりに出す義務が生じます。
書いていなければ出さなくてよいですか
原則としてはそうですが、落とし穴があります。書面に無くても、過去に辞めた人へ出していた実績が続いていると、慣行として扱われることがあります。一人目に渡して二人目に何もない、という形があとで問題になります。
辞めると言われてから決めてもよいですか
その状態で決めた金額は、次の人のときに基準になります。そして次の人が短い期間で辞めた場合、同じようには出せません。必ず不公平が生まれますので、誰かが辞めると言う前に方針を決めてください。
小さな店でも用意できる仕組みはありますか
小さな事業者が従業員のために退職金を用意できるよう、国が運営している制度があります。毎月決めた額を機構へ払い込み、その人が辞めるときに機構から本人へ直接支払われる形です。
何か特典はありますか
新しく加入したとき、掛金の一部を国が一定の期間助成する形があります。また、掛金を増やすときにも助成が用意されていることがあります。
掛金は経費になりますか
なります。自分で積み立てる場合は渡すまで経費になりませんので、ここは制度を使う側の利点として大きいところです。
事業主本人も入れますか
入れません。この制度は従業員のためのもので、事業主本人や家族で役員のような立場にある方は加入できません。自分の退職金は別の制度で用意する必要があります。
すぐ辞めた人の掛金はどうなりますか
ごく短い期間で辞めた場合、退職金は支払われず、払い込んだ掛金も戻りません。サロンは人の入れ替わりがある業種ですので、雇ってすぐ加入するか、一定の期間が過ぎてから加入するかは考えどころです。
掛金はあとから変えられますか
変えられます。増やす場合は比較的自由ですが、減らす場合には条件が付きます。始めるときは低い額から入るのが安全です。
一部の人だけ加入させられますか
原則として、雇っている人は全員が対象になります。「長く続きそうな人だけ」という運用はできません。ただし試用期間中の方など、対象から外せる場合がありますので確認してください。
パートの人も同じ額ですか
パートで働いている方について、掛金を低い額に設定できる形が用意されていることがあります。全員を同じ額にする必要はありません。
自分で積み立てて渡してもよいですか
できます。ただし、事業の口座に置いたままにすると必ず使ってしまいますので、別に分けておいてください。そして、積み立てている間は経費になりません。
渡すときの税はどうなりますか
給与とは違う扱いになります。計算のしかたを税理士に確認してください。自分で渡す場合は、金額と時期を決めて記録に残し、口頭で渡して終わりにしないでください。
面貸しや業務委託の人も加入させられますか
雇用ではありませんので、対象になりません。店に長く関わってくれていても、加入させられないということです。ここで「長くいてもらいたいから雇用に変えよう」と考えないでください。雇用に切り替えれば、社会保険も労働時間の管理も一式ついてきます。
辞め方によって減らせますか
自分で積み立てて渡す形なら、基準に減額の定めを置いておくことはできます。一方、国の制度では機構から本人へ直接支払われますので、事業主の判断で止めたり減らしたりする形にはなっていません。関係がこじれた辞め方をしても支払われます。
出す価値はありますか
毎月の掛金は確実に出ていきます。一方で、人が入れ替わるたびに教える時間とお客様との関係を作り直す時間がかかります。この費用と、続けてもらうことの価値を並べて考えてください。募集のときに書けることが一つ増える、という面もあります。

